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2024年11月21日

強引な供述調書作成で加害者にされた不可解な交通事故

2016年07月27日

相手の車がぶつかってきたにもかかわらず、いつの間にか自分が加害者にされたとしたら―。こんな信じ難い交通事故が上越市内で発生していたことが明らかとなった。不本意にも“加害者”のレッテルを張られた女性は「私が病院に行っている間に警察官が相手方の言い分だけを基に実況見分調書を作成して後日、それにハンコを押すように強要されたのです」と悲痛な面持ちで事の一部始終を話し始めた。

 

路側帯から対向車線へと暴走!?

 

問題の交通事故が発生したのは2008年5月22日。8年前の交通事故をあえて取り上げるのには理由がある。”加害者”とされた長谷部美由紀さん(仮名=上越市=56)は事故発生以来、自分にまったく過失がないことを警察はもちろん、裁判所や検察審査会などを通じて今も訴え続けており、その闘いは終わっていないのだ。

 

事故現場は上越市東城町1丁目の県道青柳線十字路交差点。

 

長谷部さんが事故の状況を説明する。

 

p138

「午前11時15分頃、妙高市に住む村田吉蔵さん(同=妙高市=当時80歳)の運転する車が「通常ではあり得ない危険な走行をして、私から見て時計でいえば4時方向に当たる斜め後ろ方向から右前輪付近に直撃してきたため、運転席側のロッカパネルがえぐれて、ナンバープレートの塗料が運転席側のドアのところにくっきりと残っていました」

 

長谷部さんは買い物をするために車で自宅を出て、すぐのところで事故に遭遇したという。

 

長谷部さんが続ける。

 

「県道に出るために事故現場の交差点を右折するにあたって、当然ながら交差点手前で止まって前方に設置されているミラーで左右の安全を確認しましたし、目視でも前方および左右を確認し、車両が来ないことを見極めた上で右折を開始しました。

 

私が右折動作に入ったときに右方向の路側帯に清掃車が一台停車していたのですが、その清掃車の前方を横切って、路側帯に進入する車がありました。事故の相手方の村田さんが運転する車です」

 

そう言って長谷部さんは記者に現場見取図を示した。読者のみなさんも掲載した見取図を見ながら読み進めていただきたい。

 

長谷部さんが続ける。

「村田さんの車は清掃車を追い越すように横切って路肩に向かって走行していたので、私は右折ですが村田さんの車が直進をしていなかったので、待っている必要はないと思い、一時停止はしましたが、すぐに右折進行を続けました。

私の車はすでに交差点を通過し走行車線に進入してぶつけるなどして、内出血や、足腰の打撲などのケガを負い、近隣の商店の人によってすぐに病院へ連れて行ってもらっている。 事故後の状況を間近で見おり、あとはハンドルを反対に切って車体をまっすぐにする段階でしたが、そのときに私の車に向かってくる車両の存在に気付き、恐怖を感じました。村田さんが運転する車にほかなりません。

 

気付いた時点で村田さんの車はすぐそこまで来ていましたから、私はもはや衝突を回避することはできませんでしたが、ハンドルを切らずに避けようとしました」

 

長谷部さんは衝突時の衝撃により首にむちうちによるケガや、後部から衝突されたため、ハンドルに体をぶつけるなどして、内出血や、足腰の打撲などのケガを負い、近隣の商店の人によってすぐに病院へ連れて行ってもらっている。

 

事故後の状況を間近で見ていた商店の人が、衝突時のタイヤの破裂する音を聞いて駆け付けていたこともあり、頭部などの内出血を心配してくれての配慮と思われる。

 

事故直後に車を移動した相手方

 

事故発生直後、衝突のショックとケガで呆然としている長谷部さんを車内から助け出したのは路側帯に停められていた清掃車の運転手だった。運転手に促されて歩道までたどり着くと、長谷部さんはその場にしゃがみ込んだ。その後、長谷部さんは現場に駆け付けた警察官の了承を得て、実況見分は後日することにして近隣の商店の人の車で病院に向かったという。

 

一方、村田さんは事故直後、実に不可解な行動に出ている。…続きは本誌に

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