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2024年11月22日

田中角栄の壮大な人脈が絡んだ「越後交通」誕生秘話

2013年01月29日

誠心会元会員が語る 田中角栄の壮大な人脈が絡んだ「越後交通」誕生秘話

 

盟主に田中角栄をいただく、日本最強にして最大の政治結社といわれた「越山会」総本部が「越後交通本社」にあったことはよく知られている。その「越後交通」の誕生は、東急コンツェルンの創始者五島慶太と田中角栄が、雪の越後を舞台に仕掛けた一大乗っ取り劇だった。

 

棄権だけはするなよ

昭和35年から約15年間、越山会宮内支部(現・長岡市宮内)の中堅幹部として、田中との紐帯を持ってきたS氏(78)は「あのころの越山会の絆の強さは、現在の政治家の後援会組織など比べものにならん。選挙が始まると上の幹部から〝棄権だけはしないように〟と通達があるだけ。投票用紙に田中角栄と書きなさい、と言われたことは一度もない」と話す。

 

S氏は文豪夏目漱石の女婿松岡譲の血筋を引く家系で、祖父が地域新聞を創刊するなど、半世紀以上に亘って、長岡地区を拠点に文化出版事業に携わってきたが、昨年秋、一身上の都合で代表の座を降りた。

 

「いまや私は閉門蟄居の立場」とS氏は笑うが、この人の政治との関わりは、そんじょそこらの地方政治家など足元にも及ばない卓見振りなのである。

 

「越山会の歴史をたどる前に、その総本山が置かれた越後交通本社の成り立ちと、そこに東急コンツェルン創始者の五島慶太、国際興業の小佐野賢治といった豪腕の実業家が深く関わっていたことを多くの人に知ってもらいたい。大赤字のバス路線を抱えて四苦八苦しておった田中さんを救ったのがこの二人で、とくに五島慶太は、田中さんが郵政大臣になったときにつかんだ最大の人脈といわれている。そのとき五島が指揮した乗っ取り劇は今で言うM&Aのはしりと言ったところ」とS氏は語り、田中角栄に就職先を斡旋したもらった新潟県人の集まりである「誠心会」の第5期生で、長岡出身の南武昭三氏(79)を紹介してくれた。…続きは本誌にて

 

 

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