不倫のプロパガンダソング?─ 竹内まりやの大ヒット曲「駅」に描かれた男女は純愛か? 不倫か? ─
2025年03月27日
服部克久氏がわずか15分で書き上げた間奏のメロディー
不倫の敷居を低くしたであろう原因の一つに、昨今の不倫ドラマがあるように思われます。不倫ドラマといいますと、ほぼほぼ観ていなかったドラマのストーリーよりは主題歌が先に頭に浮かびます。きっと私たちの世代では、竹内まりやさんの曲の印象が強いのではないでしょうか。
私の友人で音楽に造詣が深い同世代の男性がいます。竹内まりやさんの大ヒット曲に「駅」がありますが、あるとき私がその「駅」を不倫の曲だと友人に言い放ってしまったところ、必ずしもそうではないということを教えてもらいました。
友人によると昨秋、竹内まりやさんがある音楽番組に出演された際に、作曲家の服部克久先生にまつわる「駅」の誕生秘話を初めて明かしたといいます。
2020年にお亡くなりになられた服部先生は、テレビ放送の草創期からドラマ、アニメ、映画などの作曲を手掛けるとともに、数多くのアーティストに楽曲を提供されたそうです。
山下達郎・竹内まりや夫妻との親交が厚く、竹内まりやさんが作詞・作曲した名曲「駅」のストリングス・アレンジもされたといいます。ストリングス・アレンジとは、ヴァイオリンなどの弦楽器を使ってアレンジ(編曲)することをいうそうです。
竹内さんによれば、「駅」の間奏は当初はBメロ、つまり〈ひとつ隣の車輛に乗り うつむく横顔 見ていたら…〉のフレーズをなぞることになっていたらしいのですが、楽曲全体を編曲した山下達郎さんが服部先生に「間奏は先生が好きなメロディーを考えてもらえますか?」とお願いしたところ、「じゃあ15分待ってください」といって書き上げたのが、ヴァイオリンとビオラ、チェロが織り成す、あのなんとも切ないメロディーの間奏だったというのです。
これにはさすがの山下達郎・竹内まりや夫妻も「凄い!」と感動したといいます。そんな素晴らしいエピソードを踏まえて、改めて「駅」を聴いてみると、この曲ほど聴く者によってさまざまな違った情景を想起させる楽曲はほかにないような気がします。
〈見覚えのある レインコート 黄昏の駅で 胸が震えた はやい足どり まぎれもなく 昔愛してた あの人なのね〉
冒頭の歌詞は、一人の女性がかつて恋人だった男性を駅で偶然見かけるという内容です。現在、二人は別々の人生を歩んでいるにもかかわらず、彼を見つけた瞬間に過去の記憶が鮮明に蘇り、忘れることのなかった切ない思いが押し寄せる―。彼女は表面的には冷静を装いつつも、心の中では抑えきれない感情が渦巻く様子を丁寧に描いています。
〈二年の時が 変えたものは 彼のまなざしと 私のこの髪〉
女性の中には失恋と同時に髪をばっさりと切る人もいるそうですが、彼女も彼と別れたときに髪を切ったのでしょうか? その髪が今ではすっかり伸びたということなのでしょうか? それとも今も短いままの髪なのでしょうか?
〈それぞれに待つ人のもとへ 気づきもせずに 戻ってゆくのね〉
この歌詞からは二人とも今は別のパートナーがいることが窺えますが、聴く者によって解釈が大きく異なるのは、この曲に登場する男女が純粋な恋愛の末に別れたのか、それとも不倫の末に別れたのかということでしょう。
もしも純愛として解釈するならば、お互いに愛し合いながらも、夢や人生の選択によって別れるしかなかった二人の姿が浮かび上がります。かつての恋を美しい思い出として胸にしまいながらも、心の片隅では未練を引きずっている女性の切ない心情が繊細に描かれているといえるのではないでしょうか。
これとは対照的に不倫と捉えた場合、二人の関係は社会的に認められないものであり、女性が別の人生を選んだと受け止めることもできるかもしれません。駅は人々がそれぞれの目的地へ向かう象徴的な空間であるのと同時に、そこでかつての恋人同士が偶然出会うという設定は、決して交わることのなかった人生の交差点を示唆するかのようです。…続きは本誌で