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2024年11月22日

「政治と宗教」から旧統一教会問題を考える

2022年10月27日

7月の安倍元首相暗殺事件が発端になった旧統一教会問題。同教会による悪質とも言える集金実態だけでなく、政治家との根深い接点が次々と判明した。同教会から多額の献金を強要されたことで家庭が崩壊したケースなどが紹介され、そんな組織と接点を持っていた政治家は悪人とばかり叩きのめされている。ただ、宗教団体と政治(家)の接点は皆無ではなく、むしろズブズブ。同教会との接点だけが非難されるのはなぜか。

 

政教分離の日本

 

ちょっと専門的・学問的な話から始めますが、ご了承ください。我が国は憲法で「政教分離」が定められています。

第二十条

信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。

 

② 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。

 

③ 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

 

とあります。さらに、

第八十九条

公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。

 

憲法学者の大石眞氏は著書「日本国憲法」(「放送大学教育振興会」刊)で、政教分離を次のように記しています。なお、“講義”の最初は、大石氏の論を参考に述べます。

 

〈政権(政治上の権力)と教権(宗教上の権力)の分離、国家と教会(宗教団体)の分離を意味し、具体的には一切の宗教団体に特別の法的地位を認めず(宗派平等原則)、宗教を「私事」として取り扱うものである。〉

 

そして、日本の政教分離の原則は、

①国は、いかなる宗教についても公認、優遇はしない

②国は、いかなる宗教に対しても俸給を支給したり補助金を交付したりしない

を本質的要素としています。

 

世界の全ての国が政教分離制を採用しているわけではありません。

 

イギリスなどは「国教制」です。ひとつの宗教に国が特権的地位を保障し、教会の内部事項に一定の関与を行い、その宗教は「公事」としての意味合いを持ちます。

 

ドイツなどは「公認宗教制」です。複数の宗教団体が特別の法的地位を与えられ、その宗教は「公事」の意味を持ち、公立学校での宗教教育が保障されています。

 

国教制も公認宗教制も、特定の宗教しか信仰してはいけないということはなく、信教の自由を尊重しています。

 

日本に話を戻します。憲法にある「宗教団体」とは、「宗教的活動を行うことを目的とする団体」です。「宗教的活動」とは「特定の宗教・宗派の布教・宣伝等のためにする組織的活動」です。「宗教教育」とは「特定の宗教・宗派のためにする宗派教育」を言います。そして「宗教」は、「超越的な絶対者の存在を信じ、それとの関係で生を意味づけようとする心情・行為」と定義できるでしょう。

 

国や地方自治体、政治家などは、宗教的活動も宗教教育もしちゃならん、金も出してはいかんと憲法は定めている。でも、政治家だって神社のお祭りに参加します。私立にはなりますが、宗教を母体とした幼稚園、学校、大学などがあり、そこでは宗教教育が行われていて、それでもなお補助金が認められています。ただし、私立学校を所管する部署は教育委員会ではなく総務部局に置き、宗教と教育を離しています。国や自治体が行う地鎮祭や慰霊祭などもあります。文化財を所蔵する社寺への保存修繕費の補助も認められます。

 

憲法では政教分離が定められてはいるものの、例外というか寛容的な運用がなされているのが実態です。…続きは本誌で

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